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実はタコじゃなかった!?大阪のソウルフード「たこ焼き」の意外すぎる誕生秘話

  • 執筆者の写真: ゴーディー
    ゴーディー
  • 6月1日
  • 読了時間: 4分

日本の国民食であり、大阪のソウルフードとして愛される「たこ焼き」。


外はカリッ、中はトロッとした生地に、濃厚なソースとマヨネーズ、そしてプリプリのタコ……想像しただけでお腹が鳴ってしまいますよね。

しかし、たこ焼きが誕生した当初、中身はタコではありませんでした。それどころか、ソースすら一切かかっていなかったことをご存知でしょうか?

今回は、知れば誰かに話したくなる「たこ焼きの意外すぎる誕生秘話」へ迫ります!


たこ焼きの先祖はハイカラな「ラヂオ焼き」

たこ焼きの歴史を遡ると、昭和8年(1933年)にまで行き着きます。


大阪の東成区で、福島県出身の遠藤留吉氏が始めた小さな屋台「会津屋」がすべての始まりでした。

そこで売られていたたこ焼きの原型、それこそが「ラヂオ焼き(ラジオ焼き)」です。


当時の特徴をまとめると、現代の常識とは全く異なります。

  • 中身は「牛すじ」と「こんにゃく」:タコは一粒も入っていませんでした。

  • 名前の由来は「最先端の流行」:当時、一般家庭に普及し始めていた高級品「ラジオ」にあやかり、「最先端のハイカラな食べ物」という意味を込めて名付けられました。

肉の旨味とダシを効かせた生地を丸く焼いたラヂオ焼きは、子供や大人のおやつとして大人気になりました。


タコが入ったのは「お客さんの一言」がきっかけ

では、なぜ牛すじが「タコ」に変わったのでしょうか?


そこには、昭和10年(1935年)のある日、お店を訪れたお客さんの一言が関係しています。

ラヂオ焼きを食べていた兵庫県明石市出身のお客さんが、店主にこう言いました。


「大阪は肉入れとん計画か。明石ではタコ入れとるで」

この言葉に衝撃を受けた初代店主は、さっそく肉の代わりにタコを入れる試行錯誤を始めます。タコのプリプリした食感と生地の相性は抜群で、こうして「元祖たこ焼き」がこの世に誕生したのです。

ちなみに、このヒントになった明石の食べ物こそが、出汁に浸して食べる卵たっぷりの郷土料理「明石焼(玉子焼)」です。


元祖たこ焼きは「ソース」をかけない!?

もう一つ、現代の私たちにとって衝撃的な事実があります。


それは、誕生したばかりのたこ焼きには、ソースもマヨネーズも、青のりすら乗っていなかったという点です。

会津屋が開発したたこ焼きは、「生地自体に和風出汁と醤油でしっかり味がつけられている」のが特徴でした。そのため、何もかけずに手でつまんで、そのまま食べるのが粋なスタイルだったのです。

現在私たちがよく見る「濃厚なソースやマヨネーズをかけるスタイル」は、戦後にどろっとした濃厚ソースが開発されてから、他の屋台などを中心に徐々に広がっていった文化です。


戦後の闇市と「どろっとソース」の革命

誕生当初は「何もかけない醤油味」だった、たこ焼きですが、戦後、一気に現代の「ソース味」へと様変わりします。そこには、戦後の食糧難と、ある画期的な調味料の発明が関係していました。


・戦後の闇市と「洋食焼き」の流行

戦後、米が極度に不足する中、アメリカ軍などから支給された小麦粉を使った「お好み焼き」や「洋食焼き(一銭洋食)」が屋台で大流行します。当時、屋台で使われていたのはサラサラとした「ウスターソース」でした。お好み焼きにソースを塗る文化が定着するにつれ、同じ「粉もん」であるたこ焼きにもソースを塗る店が現れ始めました。


・1948年:日本初の「とんかつソース」誕生

しかし、サラサラのウスターソースには大きな欠点がありました。たこ焼きやお好み焼きに塗っても、生地に染み込みすぎて下にポタポタと垂れてしまうのです。

そんな中、昭和23年(1948年)、神戸の「オリバーソース(当時は道満調味料研究所)」が、日本で初めて粘り気のある「とんかつソース(濃厚ソース)」を開発しました。


・どろっとソースがもたらした「屋台のメリット」

このドロドロとした濃厚ソースの登場が、たこ焼きの運命を決定づけました。たこ焼きに塗っても垂れにくく、テリっとした美味しそうなツヤが出ます。さらに、上からかける「青のり」や「削り節」を生地にピタッとつなぎとめる接着剤の役割も果たしてくれたのです。何より屋台側にとっては、「生地に完璧なダシの味をつけなくても、ソースの味で美味しく食べてもらえる」という、大量生産しやすい大きなメリットがありました。

こうして「濃厚ソース+青のり+鰹節」という、現代の私たちが知る最強のたこ焼きスタイルが、昭和30年代にかけて大阪中の屋台へ爆発的に広がっていったのです。



戦前(元祖):生地にしっかり醤油味。冷めても手づかみでパクパク食べられる「おやつ」。


戦後(現代):どろっとした濃厚ソース。青のりやマヨネーズをトッピングした、目でも匂いでも楽しむ「ガッツリ系グルメ」。


ちなみに、たこ焼き発祥の店である「会津屋 本店」(大阪市西成区)では、今でも創業当時と変わらない「ソースをかけない元祖たこ焼き」や、歴史のルーツである「ラヂオ焼き」を味わうことができます。

今度たこ焼きを食べる時は、ぜひこの「ラヂオ」と「ソース革命」の物語を思い浮かべながら、その歴史の深さを噛み締めてみてくださいね!




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